2008年4月 9日 (水)

『直毘霊』を読む・七 : 26

★★★当ブログの本編です。ご一読くださいませ。★★★
海彦 そういうことです。何故かというと、易経自体が暗喩に満ちているというか、読む人の立場によって、自由に読めるからです。いろいろな解釈できてしまうんです。
因幡の白兎 百人百様の見方があるものを作って、その周りに注連縄を張ってありがたやありがたやと(笑)そういったイメー ジが沸いてきます。
海彦 易経というのは昔から様々な読まれ方をされていて、朱熹を始めとした儒家はもちろん、道家の立場から注釈したのものや、明の時代には、藕益大師智旭による『周易禅解』が著され、禅の教義から易経が解釈されています。また、易の解説書である「十翼」に関しては、孔子が書いたとされています。このように、人の解釈によって、いかようにも読める。
因幡の白兎 実に玄妙なものですよね。
海彦 儒教と対極にある老子の道徳経とさえ矛盾しないですからね。易経は。
因幡の白兎 玄妙深遠。それだからこそ、一般の人たちにはわからない。だけどわかりやすい部分も同時にある。それだからこそ説得力がある。

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2008年4月14日 (月)

『直毘霊』を読む・七 : 27

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海彦 内容が本当に正しいかどうか確認してみようとしたとき、肝心のところで、多種多様な解釈を許す。しかも人間の知の及ばないことに関して、いかにも真実と思わせるような記述がたくさん並んでいるわけです。

例えば、易経に説かれているように、世界は陰陽の運動・展開の結果であるとすると、天と地、男と女、光と闇、柔と剛、やはりそうなのかと。われわれの頭にすんなりと入ってくるところがありますね。さらに奥へと進むと、より多様な解釈が許される。まさにその広がりが、自然の事象、現実の事象の広がりとクロスオーバーしてくるわけです。この書こそ、世界の全てをそのまま解き明かしたものではないかと、感じさせる。
因幡の白兎 真理、そのものの書なのではないかと。
海彦 そのような思いを抱かせるでしょうね。それでいて変な決め付けや断定がないですから。それに対して、創唱宗教では、聖書がそうであるように、まず物語があるわけです。
因幡の白兎 基本的にはその様な聖典というのは物語仕立てで、ある意味ではロマンティックですよね。読み手、受け手を喜ばせ楽しませる劇的な要素がそこかしこに散りばめられている。その物語を手がかりにして教義に親しむわけじゃないですか。

その点、易経はカサカサですからね。何も読み手を楽しませようとするエンターテイメント性がない(笑)
海彦 逆にそれが、これは智恵のある聖人が発見したものなのだと思わせる。表現の仕方自体がそのような気配を漂わせています。
因幡の白兎 わかる奴にしかわからない、と。

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2008年4月16日 (水)

『直毘霊』を読む・七 : 28

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海彦 書いたのは一人でなくて、色々な人たちが書いたものが積み重なったものなのだろうと、今では言われていますけれど。頭の良い人はいたものなのですね。

そこで「いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ。」いかにも意味深長にこしらえて、これで天地の理を極め尽くしていると思っているよ、と。「これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ。」。これもまた世の中の人々を手なづけて治めるための計りごとなのだ、と。

宣長はこういった易経には、全く感服させられなかったんですね。若いときには感服したのかもしれないですけれど。彼も儒学を勉強していますから。
因幡の白兎 ここまで易経に対して論駁を加えた人というのは歴史上いないでしょうね(笑)
海彦 仏教者でもいないですね。
因幡の白兎 もう、中国思想の究極点じゃないですか。易経はある意味では。それを、あれは「たばかり事ぞ」と。これはちょっと(笑)

易経のことを知れば知るほど、ここまで論駁しているというのは……。儒学の広まっていた江戸時代、この時代に言葉を発しているというのはちょっと凄いとしか言いようがないですよね。
海彦 この後にいよいよ出てくるわけですよ。その理由が。「たばかり事ぞ」と言えるのはなぜなのかと。宣長は、このような深遠な易経を「たばかり事ぞ」と言えるだけのものを、そもそも掴んでいるのかと。

ここまで言った以上、その部分を出してこざるを得ないですよね。そこでいよいよ、彼が発見した“古(いにしえ)の道”というものを成り立たせている原点とも言うべきものを出してくるわけです。

ところが、その言葉が常識外れというか、日常の次元を遥かに超越しているので、現代人のわれわれには、そのままでは到底理解できないでしょうね。「そもそも天地のことわりはしも、すべて神の御所爲(みしわざ)にして、」なんて言われるとね。うわぁ、天地創造神が出てきたと(笑)

それで、宣長を論じた多くの学者が、こういった部分を示して、狂信だとか盲信だとか言っているわけです。

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2008年4月18日 (金)

『直毘霊』を読む・七 : 29

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因幡の白兎 これは次回が非常に楽しみですね(笑)新展開という奴ですね。
海彦 「すべて神の御所爲るにして」と急に言われたら。。。
因幡の白兎 キチガイ沙汰ですね(笑)
海彦 易経の方がまだ論理的だと言われるかもしれないですね(笑)
因幡の白兎 私も易経とか興味を持って読んでいたからわかりますけど、易経は非常に魅力的ですからね。
海彦 そうですよ。物語性とか情念的に訴えかけるものが無くて、要するに「世界は数の展開である」と。まるでピタゴラス学派などにも通じるような部分がありますね。

それでは、今日はここまでにしておきます。いよいよ次回から、宣長がこの世界の成り立ちをどのように捉えているのか、それを直に書いている部分に進みます。あまり長くは説いていないのですけれどね。

その部分は彼が発見した“古(いにしえ)の道”の基本的な成り立ちというか、その有り様が、直截的に表現されいると思います。

そういうことで。
因幡の白兎 ありがとうございました。

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2008年4月23日 (水)

『直毘霊』を読む・七 : 全文

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海彦 それでは第七回ですね。前回の続きのところを読んでいきます。
そもそも人の國を奪ひ取むがためとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善ことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、聖人はまことに善人めきて聞え、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。
海彦 まず、ここの部分の口語訳をしてみましょう。
海彦 「そもそも人の國を奪ひ取むとはかるには、」。そもそも人の国を奪い取ろうと企てる場合には。

「よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善ことのかぎりをして、諸人をなつけたる故に、」。万事に心を砕き、身を苦しめながら、良いことの限りを行って、すべての人々を信服させたがゆえに。良きことをすることによって信服させたわけです。そして、そのの善きことには、当然内容があります。その内容が、道理に適い、論理的に納得できるものを備えているからこそ、人々が信服するわけです。

だから、「聖人はまことに善人めきて聞え、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、」。聖人は本当に善人らしく思われるということですね。その聖人たちが考えて残した“道”の様子・内容は、実に立派で、万事に足らないところがない。もともと、どこにも抜けがないように、考えて作ってあるわけですからね。初めから、体系的なものを作り上げようという意図があるわけです。つまり、ここは聞かれたら困るというようなところは、十分に説明ができるよう、あらかじめ作られている。

たとえ、ある一部分に疑問を抱いても、その理由をしっかりと説明されて、あぁなるほどなぁと信服させられてしまう。この“教え”には、すべてしっかりとした裏づけがあるのだと感じさせてしまう。瑕疵がないというか、完成度が非常に高い。
因幡の白兎 一言一句、突っ込みどころがどこにもない。
海彦 そういうことですね。下手に突っ込むと、逆にその虜にされてしまう深みというか、魅力を持っている。それはなぜかというと、知恵のある人が「よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、善ことのかぎりをして、」。万事に苦心して、自らの身体の苦痛も厭わず、良きことの限りを研究したからなんですね。
因幡の白兎 その点は実に誠実ですよね。少なくとも私たち一般の人たちからすると尊敬に値するどころではなく、賛嘆する以外の何ものでもないですよね。
海彦 近くにいた弟子たちも、そのような形で見たのでしょうね。残されているものを見ると。孔子以前の聖人たちついては、書経などに書かれていますけれど、本当にどこまで真実なのかというのは分かりませんが、常人離れしていることは確かですね。彼らの言ったこと、行ったことが、言い伝えとして後世に伝えられているのですけれどね。
因幡の白兎 しかし中国においては孔子の存在があまりにも大きかったために、孔子以前の歴史について、孔子によって整理されたもの以外の視点が持ちにくくなっているというのは指摘できるのではないのですかね。
海彦 それは、孔子が後世、第一人者として尊ばれることで、儒学が確立し、その思想が国中で、かなりの影響力を持つようになってからの話ですね。

儒教の聖典である論語というのは弟子が書いたものです。孔子という一人の人間の言行が、弟子たちが間近で見聞きしたという形で、生々しく書かれている。こういったものは、それ以前には殆んど無かったものなんですね。三皇五帝など、古(いにしえ)の聖人たちの言行は、書経などには書かれているのですけれど、弟子たちが実際に間近で見聞きして、「師はこう言った」と記した形態ではないです。だから、血の通った言葉でその言行が生々しく伝えられている聖人というのは、孔子が最初と言えるでしょうね。その意味で、儒教に生きた人間の息吹を吹き込んだのは、まさに論語に描かれた孔子なんですね。

それでは本文に戻ります。
海彦 「聖人はまことに善人めきて聞え、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、」。聖人は本当に善人らしく聞こえ、またその作っておいた道というのも、いかにも立派で、全てを具足して、申し分なく見えるかもしれないけれども。

次に、「まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。」

まず、自分からその道に背いて、君(きみ)を滅ぼし、国を奪った者であるから、皆嘘偽りであって、本当は善い人ではない。実に実に悪しき人なのである。

聖人と呼ばれた人々の事跡を見てみると、「まづ己からその道に背きて、君をほろぼし」ている。殷(いん)代の聖人である湯王(とうおう)は、夏(か)の桀王(けつおう)を殺して夏王朝を滅ぼし、周代の聖人である武王(ぶおう)は、殷の紂王(ちゅうおう)を討って、殷王朝を滅ぼしている。聖人といっても、他人の国を奪い取っているわけなんですね。

一方、三皇五帝として崇められている舜(しゅん)・禹(う)は、堯から舜、舜から禹に天子の位を禅譲したのだと言われていますが、本当のところどうなのか。後にも出てくるのですけれど、宣長は、湯王・武王の例や、後世の王莽(おうもう)・曹操の例を見ると、本当に禅譲であったのかどうか、疑問を持っているんです。

宣長は『直毘霊』の後の部分で、次のように書いています。
或人、舜は堯が國をうばひ、禹も又舜が國を奪へりしなりといへるも、さも有べきことぞ。後世の王莽曹操がたぐひも、うはべはゆづりを受て嗣(つぎ)つれども、實は簒(うば)へるを以(もっ)て思へば、舜禹などもさぞありけむを、上代は樸(ぼく)にして、禪(ゆづ)れりと云(いい)なせるを、まことゝ心得て、國内(くぬち)の人ども、みなあざむかれにけらし。
「ある人が、舜は堯の国を奪ったのであり、禹もまた舜の国を奪ったのであると言ったのも、尤もなことである。後世の王莽や曹操といった類の者も、表面は禅譲を受けて天子の位を継いだのであるが、実際は奪い取ったものであることから考えると、舜・禹といった人達も、同じように天子の位を奪ったのであろうが、上代は純朴であって、禅譲を受けたと喧伝したのを、真実であると合点して、国内の人々は皆欺かれてしまったらしい。」

要するに、その当時の人々というのは、実際は帝位の簒奪なんだけれども、譲られたのだ言われると、そのまま素直に納得したのだと。本当は、王莽や曹操がやったのと同じように、無理やり譲らされたというのが真実に近いのではないのかと。
海彦 ところが、
かの莽操がころは、世人さかしくて、あざむかれざりし故に、惡きしわざのあらはれけむ。かれらが如くなる輩も、上代ならましかば、あはれ聖人と仰がれなましものを。
「ところが、王莽や曹操の頃は、世の人も利巧になって、欺かれなかったので、悪しき行為が暴露されたのであろう。彼らのような者も、上代であったならば、聖人であると仰がれたことであろうに。」

王莽(オウモウ)というのは、前漢と後漢の間に「新」という国があったのですが、その「新」を建てた人物です。王莽は前漢最後の皇帝から位を譲ってもらう形で、帝位を得ます。しかしそのころは、世の人達も知恵が発達していて、欺かれなかったので、しっかり歴史書に書かれてしまったのだと(笑)

「かれらが如くなる輩も、上代ならましかば、あはれ聖人と仰がれなましものを。 」もし上代であったならば、さぞかし聖人として崇め奉られたことであろうよ、ということですね。

宣長がこのようなことを言うのは、「春秋」「史記」「漢書」「後漢書」など、歴代の史書に記された歴史の内実が、「道」というものから、遥かに隔たったものであるからです。取り繕っている表面と、その実際とのズレですね。それが凄まじい。そこから考えて、本当に禅譲されたのかというところに疑問を持っているわけなんです。さらに聖人には、人並み外れた智慧の力があるわけです。だから、どういう形で伝えれば、皆が自分を仰ぎ見てくれるか、しっかり分かっている。その上でなされた行為であるならば、なおさら疑問を持ちますね。

もちろん、推測で言っていることなので、「それは宣長さんの邪推だろう」と、儒者は反論すると思いますがね。
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因幡の白兎 しかしひとつの視点としては、そのようなものもあるということですね。
海彦 そういうことです。少なくとも「先王」以降の歴史を見るならば、ほとんどそうなんですね。禅譲と言いながら、実際は王莽や曹操のような形で簒奪しているのですから。そもそも易姓革命を認めている国ですからね。簒奪というのもしっかりとした道理があれば、正当な革命になりますから。
因幡の白兎 それを現代に即して言うならば「造反有理」という言葉になるわけですよね。
海彦 そうです。ただ大多数の人々に、自分の帝位の正当性を認めさせるためには、前王朝から譲位があったという形で簒奪した方が、上手くいく場合もあるわけなんです。特に前王朝が、長い間に亘り、治世の実績を持っていて、今でも国内の諸侯や民衆の信頼を、完全には失ってはいない場合。

曹操の頃の後漢王朝というのは、今やすっかり衰え、内憂外患・群雄割拠で、混乱の極みだったのですが、まだその正統性には、厚い信頼があったんです。それを易姓革命で奪い取るには、些か具合が悪かった。もし前王朝の皇帝が、殷の紂王のように悪行の限りを尽くしていて、人々からの怨嗟の声が、国中に満ちているという状況であれば、易姓革命でも、強く支持されたでしょうね。
因幡の白兎 曹操も時期が時期ならばそれなりの評価はされた可能性もある。
海彦 しかしそうで無い場合は、譲り受けたという形にしないと。前王朝に対する信頼はまだ失われていないわけですから。そのために禅譲という形を取るんです。そこは良く考えてやるわけなんですよ。
因幡の白兎 王莽の場合はあまりにもやりすぎたという部分もあるでしょうけど(笑)

実際、それ以降の中国の歴史で見ていくと漢王朝、特に前漢に対しての憧れというのはものすごく強いわけですよね。
海彦 あそこがひとつの基準というか。漢民族の歴史で、いつの時代にも通用する、一つの理想的かつ象徴的な王朝はどれかといえば、あの頃の漢王朝ですね。
因幡の白兎 その部分があるから、それ以降の中国の歴史の中で様々な反乱があったときに、実は劉邦の子孫であるというのが次から次に出てくるわけですよね。
海彦 漢王朝が創業され、歴代皇帝によって受け継がれていった治世の体制と実績。それが、理想的王朝のひとつのモデルになっている感じなんですね。そういった場合は、禅譲のほうが良いわけです。

たとえば、堯(ギョウ)が聖天子であったとするならば、舜(シュン)が帝位に就くには、禅譲しかありえないんですよ。

堯は最初は良かったけれど、途中で悪逆になったんで、舜が取って代わったということになると、堯は聖人でなくなってしまう(笑)。だから、禅譲しかありえないわけです。
因幡の白兎 だけれども「古のひとはよきひとなりけり」であったと。素直だったと(笑)
海彦 三皇五帝の話は、誰が書いたのかもはっきりしない、遥か昔のものですからね。そうだというならば、そうなんじゃないんですか、と。詮索をする人もいなかったのでしょうしね。

後世に伝わった内容と、実際に起きた事実との間にある乖離。それは、世界中のどの歴史にもありますね。
因幡の白兎 そこの部分の見極めをしていくのが「歴史」を見るということであり、「歴史」を見るというのはそのトレーニングそのものであると指摘はできるのでしょうね。
海彦 ポリティカル・コレクトという言葉があります。本来の使い方は少し違うのですが、それが「政治的に正しい」のだと。事実は全く違うのだけれども、そういうことになっているのだと。政治的な要請で、歴史を勝手に決め付けている。それは今でもすごく多いですよ。
因幡の白兎 歴史上に起こった事象を見る視点というのは、様々な視点の中のひとつの側面からしか切っていないというのに気がつかないというのは指摘できるでしょうね。結局、歴史というもので見ていったとしても、例えばさっきの王莽の立場で考えると王莽の視点から見た歴史と今の私たちが見ている歴史、そして後漢の人たちが見ていた王莽の行動の歴史は全部違うわけじゃないですか。世界観自体が違うわけじゃないですか。それをひとつの歴史観として提示する。または、これはこのような歴史なんだと言葉にしてあらわす瞬間においてひとつの側面で切り出すしかないじゃないですか。

その点で言うと複視眼的にものを見ていかなければいけないのでしょうけど、少なくともいま言った宣長の見方ならば、一般的には儒教が記し残した歴史は完全に善き人の“道”の歴史なわけですよね。だけれどもその“道”というものが本当に善きものであるのかどうかというのは、光の当て方しだいで様々な見え方が出てくるということですよね。
海彦 そういうことですね。それでは、本文に戻りましょう。これは、既に少し説明したところですが、繰り返し説明しますと。

「まづ己からその道に背きて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。」

“し”というのは強調している言葉ですね。自分から「道」に背き、君を滅ぼし、国を奪った者であるから、その時点で全て偽りなんだと。言っていることは、非常に道理が立っているし、論理的にも誤りは無いのだけれど、根本の行動、実際の行動が、明らかにその“道”から外れている。

だからこれは「みないつはりにて、まことはよき人にあらず。いともいとも惡き人なりけり。」。彼らの教えは、本当は全て、自分が帝位に就くための「手段」として説いたものであって、全くもって、悪い人なのだということを言っているわけですね(笑)
海彦 それでは次の文章に入ります。読んでみますと、
もとよりしか穢惡き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめけど、まことには一人も守りつとむる、人なければ、國のたすけとなることもなく、其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに、人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける。
海彦 となります。
海彦 「もとよりしか穢惡き心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、」。もともとそのような二心ある心で作った、人を 欺く道であるためか、ということですね。

「後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめけど、」。後の人もそこのところはわかっている。うわべはこれは素晴らしい教えであるよと尊んで、大事に扱うようだけれども。

「まことには一人も守りつとむる人なければ、」。誰一人これを守って励行している人はいないから。儒教を国の礎に据えた歴代の皇帝たちを見れば、これは一目瞭然ですね。本心からその教えを実践したことは殆どない。ただ利用していたということなんです。

「國のたすけとなることもなく、其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、」。だから国の助けとなることもなく、その名ばかりが広がって、遂に世に行われることもなくて。本当の意味で実践されることなかった。

「聖人の道は、たゞいたづらに、人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける」。その結果、聖人の道は、無益に人の悪口を言う、その時代その時代の儒者たちの、お喋りの種になってしまったよ。儒者とは、気に喰わない自分たちの反対勢力を批判する、今の評論家みたいなものですよ 。「さへづりぐさ」というのはお喋りの種のこと。「なれりける」は、そのようなものになってしまったのだよ、ということです。

この「穢惡き心」というのは、邪悪な心というのと少し違います。つまり聖人は、まず「道」というものを人々に先駆けて感得して、それを世の中に広めよう としたのではないんですよ。聖人にとって「道」は道具なんですね。唯我独尊というか、彼自身が世界の頂点に立つための。その根源的な目標を実現する「手段」として、彼らは様々な「道」を説いたわけなんですね。我々が考えているのと、順序が逆なんです。

聖人たちには、自分自身の正当性を担保している根源の部分に、論理というか道理が必要なんですよ。彼らは「種」によって聖人になったわけではないですからね。
★★★当ブログの本編です。ご一読くださいませ。★★★
因幡の白兎 その心というのがここに書かれている「穢惡き心」ということですね。この「穢惡き心」という書き方は「穢れ」 の文字が入っていますよね。そこの部分が一見、誠実かつ人の良き「道」であると言っているようでありながら穢れの精神がそこに入っていることは指摘できるのかもしれないですね。
海彦 穢れというよりも計算高いんです。その方面に知恵が働く。後の世には、その「道」が本当に必要だからと思って、なりふりかまわずその「道」を広めようとした孔子という人がいたのですがね。そうではなくて、「道」を目的ではなく、手段としているが故に「穢惡き心」なんです。宣長的に言わせれば、悪知恵が働いて、ずる賢いと。非常に計算高く、「真心(まごころ)」に欠けるということなんですね。

「道」を作った当の本人がこれなんですから、後にその教えを国の礎に据えようとした人々が、どういう思惑でそれを為したのか、推して知るべしですよ。皆、「道」を作った当人である聖人と同じ。自らの唯我独尊を実現するための手段として用いただけ。

だから、本当の意味で、誰一人として「守りつとむる」人がいなかったのですよ。「うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめれど」。これは「道」を手段にしているということですよ。彼らにとって、「道」は目的達成の手段としては、極めて有用だということです。

なぜならば、中国において王者たる資格というのは、「徳」があることなんですから。「徳」は「道」を実践することで身につく。より正確に言うならば、本当のところ「徳」の実質など、どうでもよい。しかし、「徳」があるかのように振舞わなければ絶対に駄目なんです。中華世界では、人々の共通認識として、王者たる者は、そのようにあるべきことになっているからです。だからどんな皇帝でも、徳治というのは、建前として必要なんですよ。
因幡の白兎 少なくとも人の上に立つ中心人物には、その土地土地における共通認識の建前が必要ということですね。
海彦 そういうことです。それが歴史的に積み重ねられ、聖人の教えたる「道」の実質を形成している。だから、中国で代々伝えられてきた「道」というのは、実の「道」ではなくて、建前としての「道」なんですよ。

しかし「建前としての道」だからといって軽く扱うと、とんでもない目に遭います。夏(か)の桀王(けつおう)や、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を見てください。後の世の儒者達に、あそこまで極悪に書かれて、世に広められてしまった。

彼らは、もしかしたら極悪というよりも、自分が思った通りのことをやっただけなのかもしれないですよ。建前である聖人の教えをなぎ捨てて、実のみで生きた。ある意味、正直な人だったのかもしれない(笑)宣長的に見ると、殷の紂王というのは、悪は悪なりに「真心(まごころ)」があるということになるのかもしれませんね。

しかし、建前である聖人の教えをなぎ捨てた人の、後世の評価がどのようになるのかというと、史書を見れば一目瞭然です。後の皇帝は「あのようにはなりたくない!」と心から思いますよ。儒者によって、あそこまでぼろ糞に歴史に刻印されてしまうわけですから。
因幡の白兎 反面教師ですよね。ああはなりたくない。だけれどもそのようになっていった皇帝もたくさんいますよね。
海彦 「道」の話に戻りますと、このように「道」が作られたそもそもの動機のところに、具体的な目的があるわけですね。だから、その教説には体系性があるし、抜け落ちがない。誰でも論理的に理解し納得できる。俗な言い方をすれば、会社の営業の人たちが作っている広告宣伝の文句のようなものですよ。絶対都合の悪いところは出てこない。それは目的がある文章だからですよ。
因幡の白兎 つまりお尻が決まっているからそれを埋めていくために発生している論理ということですね。だけど結局のところ、その後ろの部分は自分自身の頭で最初から作っているものですから論理的になっているだけであって 、後がどうなるのかお尻がどうなるのかまったく皆目見当つかないところにおいては論理は作れませんからね。
海彦 本当に「道」を感得した、あるいは悟ったというならば、それが論理的な形を取る保証は何もないわけですね 。それが論理的に整理されているというところで、それはもう漢意だと。宣長の言っているのはそういうことなんです。その内容が優れているとか劣っているとかいう以前に、それは真(まこと)ではない、実ではないということなんです。

結局そのようなものは、最後は名ばかりのものとなってしまう。
因幡の白兎 論理的であるというところにおいて、すでに名ばかりのものである。
海彦 そのように考えても良いですね。
因幡の白兎 そこの視点から上田秋成との話の食い違いの背景も見えてくるのかもしれないですね。
海彦 まぁそうですね。
因幡の白兎 その点で言うと上田秋成の語っている論理というのは、あれは現代人から見てもパーフェクトな正統性を持っているとも思えるもので、宣長に対しての痛罵じゃないですか。あれは現代の私たちが見るとどう考えても上田秋成のほうが正しいですからね(笑)
海彦 秋成は、世界中どの地域にも、わが国と同じように、それぞれ古伝説のようなものがあり、そこに価値の優劣はないという。いまの人には非常に納得しやすい、論理的な考えです。また当時においても、仏教の「一切衆生悉有仏性」すなわち「一切の生き物に平等に仏性がある」という考え方を受容してきた長い歴史の蓄積があったわけで、秋成の考え方は、非常に説得力があったんです。だから秋成の主張には、その論理的前提があるのだけれども、彼自身は、それを前提とは思っていなくて、当たり前のことだと。誰もが同じように共有していることだと思っているわけです。
因幡の白兎 だけれども「論理的に正しいということは正しい」という考え方自体が宣長からすると話にならないと(笑)そのように反駁を加えたわけですよね。そりゃー話が噛み合うはずもないですよね。
海彦 あの二人は、住んでいる世界が違う。話を戻します。

「其名のみひろごりて、つひに世に行はるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに、人をそしる世々の儒者どもの、さへづりぐさとぞなれりける。」

ところで、これは今まで何度も言っていますけれど、創唱宗教(世界宗教)においても、それによって実現された歴史を見てみると、これとよく似ていますね。
因幡の白兎 儒者だけに限らず哲学者、思想家、宗教者。すべて。。。
海彦 実の伴わない名のみが広がっているんですよ。その名というものに対して、一度でも批判したり、疑問の目を向けたりするならば、たちどころに共同体から放逐されて生きていけなくなる。それは現代でも、似たような状況はありまね。
因幡の白兎 そこの部分においては論理的に説明できることは全ての前提になっている。
海彦 そうなんです。それがないと、誰一人納得させられないということになれば、論理はますます緻密になりますよ。片方は騙されまいとし、片方は騙そうとし。知恵比べになるわけです。そんな世の中が、何もせずに治まるわけがない。法律の数は無限に増えていきますね。規制をかければ、それをかいくぐる裏道を作って、手口はますます巧妙になる。その繰り返しになってしまいますよ。

宣長に言わせると、世の中がその様になってしまうこと自体、今の世に蔓延っている「道」というものが、すべて頭で作ったものだということを、逆に証明しているよ、ということなんです。

ところで、いまの日本でも「建前上はそうだけれども、本当は違う」というものの見方が、まだ結構息づいている 。しかし、アメリカやヨーロッパなどはその反対ですよ。何事も建前建前だから、例えば裁判なども効率が悪いですよね。法律がそうと決まったら、遊びの部分がないというか、ガチガチですよ。日本の場合は、「法律ではそうなんだけれども、実際はちょっとね」という部分がまだ残っている。パチンコなんか裏で堂々と換金してますしね。だけど、あまり大っぴらにやりすぎるとガサが入る(笑)

こういうのが成り立つというのは、そもそも法律が社会秩序の元にあるのではなくて、阿吽の呼吸というか、目に見えない人々の共通理解みたいなものが、法律以前の部分に、厳然とあるからですよ。実のところそれが、この世の中の秩序を保っているんですね。保守思想家などは、これを慣習法、コモン・ローなどと言っていますね。
因幡の白兎 逆に言うと、その柔軟性があるからこそ、その時代時代において柔軟に対応できているということですね。
海彦 そういうことですね。そういった部分。本音と建前というのが、今でもうまく機能している。

それは論理というよりも、何か皮膚感覚に近い共通的な感じ方であってね。 人々が、皆「それは誰でもそう思うよ」という感覚というか。そのものに直に触れたとき、自然と引き起こされる情感に基づいた共通理解ですね。

中国でよく言うような「人治」、すなわち法律の上に人がいるのではなくて、「法律では、建前では、一応そういうことになっているけれども」と、それらを相対化する何ものかがあるんです。
因幡の白兎 「まぁ、まぁ、そこのところは。。。」というやつですよね。具体的な言葉で言うと(笑)
海彦 論理一辺倒の人から見ると、法治国家でない、まだ近代国家になりきれていないと思われるでしょうね。
因幡の白兎 生煮えで中途半端な対応しかしてこない。問題は店晒しというところですよね(笑)
海彦 でも実際のところ、全ての出来事に、その場その場で“白”か“黒”かの杓子定規な対応をやっていたら、世の中はとんでもないことになりますよ。とりあえず判断は保留しておいて、流れを見る。その場の空気を読む。その場だけではなくて、長い時間の推移も見る。

瞬間瞬間に生まれてくる“場”の共通理解は、時の流れに応じて刻々と変化していく。そのことを弁えている。このように「場を読む」ことが可能であるのは、そもそも物事の変化に、非常に敏感であるということなんですね。
因幡の白兎 場を読む、流れを読む、空気を読む。
海彦 日本語に主語が無いというのも、これと無関係ではないかもしれません。まずは“場”ですよね。自己と他者、主体と客体。そういったものが同時に属しているその瞬間の“場”というものの気配を、われわれは瞬時に直感で感じ取って、それに応じて言葉を選んで話を組み立てる。“場”によって話が組み立てられているんですね。
因幡の白兎 その“場”においての主体というのが“場”が中心であって、それに主体として主語がくっついたり述語がくっついたり形容詞がくっついたりしているのが日本語の形ですよね。
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海彦 そうなんです。まず“場”があって、その“場”によって、主体と客体、その関係性の表現形式が定まる。大体は、生起した事柄が主となって、その事柄がどうなるという“こと”の動き(動詞)が述語となる。そして“こと”の動きの主体をより明確に相手と共有するために、述語から主語が派生してきて、それが何に対して(目的語)どのように(補語)という形をとっていくんです。他の言語とちょっと成り立ちが違うんですね。たとえば、英語などゲルマン語派の言葉などのように、まず主体(主語)が確立されて、それがどう動くか(動詞)。その主体を中心に物事を表現していくというのと違う。日本語では、まず主体と客体が同時に属する“場”。その“場”の共通認識を基に、物事の表現形式が生み出されてくるんです。
因幡の白兎 基本的には一般的な言語というのは、時系列的に「何がどうして~」という形になっていきますよね。時間的な流れにしたがって、それがひとつのセンテンスになる。その点、日本語の場合には“場”が最初にあって、それにオプションとして様々なものがくっついて、それが全部ひとつのまとまりになる。ひとつの言葉のまとまりというのが何かと言ったならば、“場”があってそこに色々なものが付随してきてひとつのセンテンスになっている。
海彦 “場”によって吟味され選ばれて、言葉が出てくるんですね。

だから前に「『直毘霊』を読む・四 : 06」でも少し触れましたが、国語学者時枝誠記氏が言ったように、国語においては「辞」が大切なんだと。時枝氏は全ての言葉を「詞(コトバ)」と「辞(テニヲハ)」に分ける。もっとわかりやすい言葉で言うと「素材語(詞)」と「志向語(辞)」。それでいうと「志向語」が大切だと。「素材語」とは名詞・動詞・形容詞・代名詞・副詞・連体詞など、何らかの事柄(素材)を指し表しているもの。「志向語」とは、話し手の判断や立場、気持ちなど、事柄(素材)に対する働きかけ(関係認識・判断・感動・疑問など、対象への志向性)を表す助詞・助動詞・感動詞・接続詞などの言葉。

漢文(白文)を訓読する時よくわかりますが、漢文に日本語の助詞・助動詞を補うことによって、はじめて訓読が完成しますよね。つまり日本語には、漢語には殆ど存在しないこの助詞・助動詞が、とても豊富なんですね。

これら助詞・助動詞は、名詞・動詞・形容詞・代名詞・副詞・連体詞などの素材語のように、何か特定の意味や実体を指し示すものではなく、自身は「無内容・空」でありながら、話し手の判断や立場や気持ちといった、事柄との関わり方を表している。

一つの文は、これら助詞・助動詞によって、話し手の対象に対する判断や気持ちといった「志向性」が明確化されて、はじめて全体が統一され、文が完結する。文の最終的な統一者は、この助詞・助動詞なんです。

そして、助詞・助動詞は、話し手の感情やかすかな心の動きを、とても細やかに表現することができる。そのためか、日本の文学は、世界に類を見ないくらいに、感情表現が細やかです。日本人が、建前や道理などより、その場の雰囲気や情を重視するのも、日本語のこのような構造が、原因しているとも考えられますね。

このように日本語においては、動詞も名詞も素材の一つに過ぎない。それに助詞・助動詞が付いて、初めて話し手の立場、すなわち話し手がその事柄に対してどのように感じているかということが表現される。しかもそれは、その“場”の気配を濃厚に反映したものなんです。

つまり、相手となる他者との間にある、話し手が感じている“場”。その“場”を反映して言葉が選ばれているんですよ。そういう微妙な“場”に対する話し手の理解はどこに現れるのかというと、それはまさに志向語、すなわち助詞・助動詞なんですよ。だから日本語では、そこが一番重要になるんです。「何だその言い方は!」という理由で、日本ではよく喧嘩になりますけれど、そういった背景があるんですね。

では、本題に戻りましょう。
海彦 この次の文章は、いままで充分に説明してきたのでスイスイ行くところですよね。読んで、言わんとしていること、その底にあるものが何だかわかりませんか?

宣長の語り口というか文章が生み出す流れ。その流れからどんどん溢れ出てくるものがある。趣旨は、漢意(からごころ)的なものの問題点の指摘なんですが、それが逆に古道(いにしえのみち)を照らし出しているんですよ。古道(いにしえのみち)を論じているのではないが、その底には古道(いにしえのみち)がずっと流れている。それが見えてきたとき、彼の言っていることがわかってきたと言っていいんです。

そこまでの読みというは、私自身なかなか時間がかかりましたね。言っていることの根拠が荒唐無稽で、現代人の常識に照らして明らかにおかしいと。論理的でないと。

しかし、宣長が言ったことが論理的に説得力がある、ないというのとは別な次元で、彼の言っていることを捉える。彼の学問のあり方、成り立ちからいえば、そこが一番大事なところなんです。
因幡の白兎 得心すると言うことでいうならば、論理で文章を作っていく積み上げていく形でどんどん理解できるわけじゃないですか。だけどこの宣長の書き方だと徐々に得心していって積み重ねていくというよりは、ある瞬間に「あぁそうなんだ!」という瞬間があるわけなんですよね。一気に全部が繋がる。何を言っているのかぜんぜんわからない。論理的にわからないというのでずっとやっていくわけだけれども、それがある瞬間において「あっそういうことか!」とわかった瞬間にいままでのものが非常にクリアになってくるところがあるのかもしれないですね。
海彦 というよりも、おかしいなと思ったところ、しっくりこないと思ったところを自分で何度も何度も繰り返し考えていくと、自分自身が当たり前だと思っていた事柄が、相対化され、浮き彫りにされてくるんです。読んでいると、最初はここはどう考えてもおかしい、ここもおかしいと。根拠が常識外れで説得力に欠ける。理解に苦しむと。まるで信仰告白のようで、裏付け皆無じゃないかと。そういったところがボロボロ出てくるわけですよ。ところが、なんでこれがこうなるのか、この点とこの点が繋がらないと、そう思っていたところが、ある時全て、パッと繋がる。

それは、自分が今まで当たり前だと思っていた現代の常識や論理で考えている限り、決して起きない。われわれは普段、現代の常識や論理を空気のように当たり前だと思っていて、それが自分たちに存在することさえ気が付いていない。それがあぶり出されてくる。初めて自らに巣食う漢意(からごころ)の存在が見えるんです。その時に、漢意(からごころ)が落ちる。
因幡の白兎 例えるならば、いままでは点と点とを結んで理解をしていたわけじゃないですか。だけど点と点を結ぶ限り、どう考えても突破できない局面があるわけじゃないですか。それで皆が論理的に考えていたときに、「なぁ~んだ、これは点で結ぶことで考えるのではなくて面で考えればいいんだ」となった瞬間に全部が繋がるという可能性はあるわけですよね。
海彦 立体にすればもっと繋がるんですけれどね(笑)
因幡の白兎 そういうことですよね(笑)じゃあ、この点と点と結ぶ二次元的な世界というのは何だったんだということ、それが見えてきたときに、今の状況を照り返してみると非常に狭い世界・局面なんだということが逆に見えてくるわけですよね。
海彦 だから、自分が知らないうちに、全ての物事を勝手に裁断して構造化しているというのがわかってくるんですね。宣長の場合は、素直な人なので“実感”というところで動いているますから。その実感のところで見ると、パッと繋がるんです。それは言葉ではなかなか説明できないですね。
因幡の白兎 “論理化”した瞬間にボロボロと零れ落ちていくようなものなのでしょうかね。
海彦 そうなんですね。それが、宣長の発見した「神代の古事(ふること)」の特徴なんですね。『直毘霊(なおびのみたま)』を、虚心に何度も読んでもらうと、次第に感じ取れるのではないですか。
因幡の白兎 そこの部分はやっぱり、小林秀雄も一番重要視して指摘していたというのはあるのでしょうね。
海彦 そうですね。宣長からの引用文を読んでもらいたいとインタビューでも言っていますよね。「今の読者は読んでくれますかね?」と。そこを読んでもらわないと話にならないのだと。

話を戻しましょう。
然るに儒者の、たゞ六經などいふ書をのみとらへて、彼國(かのくに)をしも、道正しき國ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり。かく道といふことを作りて正すは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ。そも後人(のちのひと)、此道のまゝに行なはゞこそあらめ、さる人は、よゝに一人だに有がたきことは、かの國の世々の史どもを見てもしるき物をや。
海彦 ここの部分を講釈、現代語訳します。

「然るに儒者の、たゞ六經などいふ書をのみとらへて、」。それなのに儒者は六経、つまり書経・詩経・易経・礼記・春秋・楽経、この六つですね。これが儒教における、もっとも基本的な聖典ですね。それのみ取り上げて。

「彼國をしも、道正しき國ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり。」。彼の国は何と道の正しい国なのであろうかと。そのように言い騒ぐのは、とても間違ったことであるよと。

「かく道といふことを作りて正すは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、」。

このように道というものを作って世の中を正そうとするのは、元来道が正しくない故のしわざなのに。この“道”と、前で言っている“道”とは違いますからね。

「もと道の正しからぬ」でいう“道”というのは、現実において定着している生々しい道ですよ。風俗・風習などと言ったほうが良い。現実の世界で動いている道理や「こと」の動き方。「もと道の正しからぬが故のわざなるを、」。もともと道が悪いのだから、そのようなものを作って正そうとするのだと。そのような傾向を持っていると。

「かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ。」。それだというのに、かえってそれを立派なことだと思って、様々にいうのは愚かであるなぁ、と。そういうことですね。
海彦 ここで問題となるのは、まず儒者というのは、その国の良し悪しを、その国の聖典に書かれている内容の良し悪しで判断している、ということです。

これはある意味、愚かなことなんですね。何者かの頭で理想化して作られた、ある目的を持って書かれた聖典、目的を達成するための手段として書かれたものを読んで、なるほどこのように素晴らしい“道”が説かれているとは、何と素晴らしい国なんだと褒め称える。これは現実を見ないというか、現実と建前というのがあることを、露にも知らない愚か者であるということですね(笑)

これというのは、まさに現代日本、戦後日本のそのままの姿ではないですかね。いやいや戦後日本というよりも、明治以降の近代日本の。文明開化と称し、ヨーロッパの文化・文明を金科玉条のごとく崇め奉っていた時代の。

西洋の近代国家では、複雑で緻密な法制度と、それを支える思想がしっかりと論理立って体系化されていると。我が日本と比べて何と進んでいる国なんだと。特にインテリは羨望の眼差しで仰ぎ見ている。

ところが、宣長に言わせると、彼らはそれがないとやっていけないくらい、治め難い国なんだということなんですよ(笑)日本のインテリが憧れた緻密な法制度も、歴史的要請というか、のっぴきならない必要に迫られて作り出されてきているんですから。あれは暇人や学者の道楽から出てきたものではないですよ。
因幡の白兎 まぁ、隣の庭は良く見える(笑)
海彦 そのようなものがなぜ生み出されるのか。その本源にある要因を良く見ることですね。そのようなものが出てこざるを得ない現実が、事実としてまずある。ある出来事が起こって、それを何とかしなければ社会は存続できないという、切羽詰ったギリギリのところ。そういったところから出てきているわけなんですね。
因幡の白兎 所詮、日本では道楽的なものしか出てこないですね。江戸時代の爛熟した文化とか。
海彦 逆にそのほうが面白いものが出てきたりするんですけれどね。それだから人間のやることというのは奥深い。

つくづく思うのは、こういうことをはっきりと言える宣長というのは凄いと思うんですね。もう官学として儒学が全盛の時代ですよ。当時のインテリが皆学んでいる、大切にしている考え方そのもの。今で言うなら「グローバルスタンダード」。それに真っ向から異を唱えている。
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因幡の白兎 「学問」という概念・思考方法・展開手順そのもの。現代の日本の大学などにおける知の体系そのものですよね。
海彦 そうそう。
因幡の白兎 知の体系自体が足りないから出てきたと。実際にはそこで語られるものがなかったから、必要に応じて出てきた。
海彦 反作用というか免疫反応で出てきたようなものですよ。人間の身体で言うなら、それが出てきたということは、健康だということではなく、逆に病気に罹っているということを示しているわけです。そのようなものが出てこざるを得なかったくらい、危機的な状況だということですよ。

宣長の生きていた頃の儒学というのは、当時の学者、知識人たちが共通の基盤として持っていた思想体系、正邪や真偽の決め方の基準になる考え方ですよ。そういった時代に、そういうのは、もともとの道がよくなかったからこそ出てきたんだということを、平然と言っているわけです。

次に「かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ。」。それをかえって偉いことだと思うのは愚かであるよということです。ここもまさにその通りですね(笑)いまの時勢と実によくあっているなと。
因幡の白兎 評論家が、「自分は経済学の粋、政治学の粋を極めているからこれからの世の中はこのように推移していきます。いまこそ株の買い時ですよ!」と言っているのに株価は落ちているのはどうして?といったところですね(笑)

理屈どおりに経済や政治が推移しているんだったら、この世の中は全ての人々が一人残らず幸福極まりない世界になっているはずなんですけれどね。実際にはそのようにはなっていないし、もっともらしいことを言ってはいるけど結局は単なる予想にしかなっていない。よくよく冷静に見てみると馬券売り場の予想屋と大して変わらないような気がしますね。
海彦 (笑)理屈通りであれば、世の中全てが麗しくなっていっても良いはずなんですがね。次にいきましょう。

「そも後人(のちのひと)、此道のまゝに行なはゞこそあらめ、」。それも後の世の人が、この“道”に従って実践しているのであるならば、それもよかろうが。

「さる人は、よゝに一人だに有がたきことは、かの國の世々の史どもを見てもしるき物をや。」。そんな人など、いつの時代にも一人もいないのは、中国の各時代の歴史を見てみれば、歴然としたものではないか、ということなんですね。
海彦 次に、
さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義禮讓孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさぐさ作り設て、人をきびしく教へおもむけむとぞすなる。さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや。また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ。これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ。
海彦 「さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義禮讓孝悌忠信などいふ、」。さて、その“道”がどのようなものであるのかといえば、仁義禮讓孝悌忠信。これはわかりますよね。仁は仁愛の仁。義は正義の義。禮は礼。譲は譲り合いの譲。孝は孝悌の孝。忠は忠心の忠、真心(まごころ)のこと。信は信頼。

「こちたき名どもを、くさぐさ作り設て、」。事々しい名目をいろいろと作って。元々こういうものが概念としてあったのではなく、聖人たちが、このような名目を改めて作ったんです。人間の行動の中のある部分を定義して、それを仁・義・禮・讓・孝・悌・忠・信と名付けた。

名前が付けられた後から見ると、元々そのようなものがあったのだと考えるのですが、実はこのような「こちたき名ども」が作られたことによって、これらの特殊な観念が発生しているんです。

もちろん中国以外の他の文化圈でも、それぞれの地域の言語によって、一見似たような言葉はあるでしょう。だけれど、完全に一緒かというと、細部の意味や用法など、実際には結構ずれがあります。

「人をきびしく教へおもむけむとぞすなる。」。人を厳しく教え導こうとするのだ、と。
海彦 特定の考え方に基づいて、人間の行動の一部を、これが一番大切なんだと観念化する。それを社会の目標として掲げるわけです。大上段に掲げて、これに努めなさいと。すべての人々を厳しく教え諭そうとするわけです。

「さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、」。儒教の立場から言うと、法律をもって国を治めるという韓非子などの法家の立場は、道徳によって治める徳治に反するので、異端なんです。だから先王の道に背けりとなるわけです。そのように儒者たちは非難するけれども。

「先王の道も、古の法律なるものをや」。先王の道も古代の法律そのものなのではないのかと。
因幡の白兎 仁・義・禮・讓・孝・悌・忠・信。これも人間の行うべき項目として枠組みを作る。その枠組みを作るということ自体で法家がやろうとしていた法律の考えと大して変わらない。似たり寄ったりなのではないのかということですよね (笑)
海彦 人の心の中に法律を作っているようなものなんですね。余計に性質が悪いかもしれません。
因幡の白兎 それをものすごく曖昧なひとの心の中に法律みたいな枠を作るのか、社会の中に具体的な形で作るのか。その違いであって、結局のところは枠を作る、正しいものとしての枠を作るという行為自体においてはまったく同じではないかということですよね。
海彦 そういう理解で良いと思いますけれど、もうひとつの理解の仕方があるんです。実は、先王の道も古(いにしえ)の法律であるというのは、荻生徂徠の儒学の立場でもあるんです。それを受けて、宣長はこれを語っているともいえる。

徂徠は、道徳性を主にして「道」を読み解いていく朱子学の立場に対し、敢然と異を唱えた。徂徠にとって、「道」とは古(いにしえ)の礼楽刑政そのもの。その当時の社会の要請から生まれた法制度が「道」なのだと。だから「道」というのは国を治めるために、欠くべからざる、徹頭徹尾実際的・実用的なものなのだと。それを道徳の側面においてのみ論じているのは大きな間違いであると。こういった儒学思想が、宣長の少し前の時代に出ていたわけです。

「また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ」。「易」というのは易経のことです。易経によれば、陰陽八卦によって世界の全ての事象を説明し尽くすことができる。そこには深遠な哲学的体系性があります。そういったものを作って、世界の成り立ちの根源のところから、天地の理、すなわち「道」を説明できるようにした。

こういった体系というか宇宙論が「道」の土台にあるから、仁・義・禮・讓・孝・悌・忠・ 信といったものが「どうして大切なのか?」と思ったときに、世界の成り立ちに遡って、それらの重要性・必要性を、論理的に納得することができる。
因幡の白兎 説得力がある。
海彦 宇宙論にまで広がっていた方が説得力がありますね。「道」とは何と奥深いものなのかと。その哲学的魅力に惹かれて、虜にされてしまう人は多いでしょうね。
因幡の白兎 おまけに中身として非常にわかりづらくて、多様な解釈ができるものとなっている。
★★★当ブログの本編です。ご一読くださいませ。★★★
海彦 そういうことです。何故かというと、易経自体が暗喩に満ちているというか、読む人の立場によって、自由に読めるからです。いろいろな解釈できてしまうんです。
因幡の白兎 百人百様の見方があるものを作って、その周りに注連縄を張ってありがたやありがたやと(笑)そういったイメー ジが沸いてきます。
海彦 易経というのは昔から様々な読まれ方をされていて、朱熹を始めとした儒家はもちろん、道家の立場から注釈したのものや、明の時代には、藕益大師智旭による『周易禅解』が著され、禅の教義から易経が解釈されています。また、易の解説書である「十翼」に関しては、孔子が書いたとされています。このように、人の解釈によって、いかようにも読める。
因幡の白兎 実に玄妙なものですよね。
海彦 儒教と対極にある老子の道徳経とさえ矛盾しないですからね。易経は。
因幡の白兎 玄妙深遠。それだからこそ、一般の人たちにはわからない。だけどわかりやすい部分も同時にある。それだからこそ説得力がある。
海彦 そういう理解で良いと思いますけれど、もうひとつの理解の仕方があるんです。実は、先王の道も古(いにしえ)の法律であるというのは、荻生徂徠の儒学の立場でもあるんです。それを受けて、宣長はこれを語っているともいえる。

徂徠は、道徳性を主にして「道」を読み解いていく朱子学の立場に対し、敢然と異を唱えた。徂徠にとって、「道」とは古(いにしえ)の礼楽刑政そのもの。その当時の社会の要請から生まれた法制度が「道」なのだと。だから「道」というのは国を治めるために、欠くべからざる、徹頭徹尾実際的・実用的なものなのだと。それを道徳の側面においてのみ論じているのは大きな間違いであると。こういった儒学思想が、宣長の少し前の時代に出ていたわけです。

「また易などいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ」。「易」というのは易経のことです。易経によれば、陰陽八卦によって世界の全ての事象を説明し尽くすことができる。そこには深遠な哲学的体系性があります。そういったものを作って、世界の成り立ちの根源のところから、天地の理、すなわち「道」を説明できるようにした。

こういった体系というか宇宙論が「道」の土台にあるから、仁・義・禮・讓・孝・悌・忠・ 信といったものが「どうして大切なのか?」と思ったときに、世界の成り立ちに遡って、それらの重要性・必要性を、論理的に納得することができる。
因幡の白兎 説得力がある。
海彦 宇宙論にまで広がっていた方が説得力がありますね。「道」とは何と奥深いものなのかと。その哲学的魅力に惹かれて、虜にされてしまう人は多いでしょうね。
因幡の白兎 おまけに中身として非常にわかりづらくて、多様な解釈ができるものとなっている。
海彦 そういうことです。何故かというと、易経自体が暗喩に満ちているというか、読む人の立場によって、自由に読めるからです。いろいろな解釈できてしまうんです。
因幡の白兎 百人百様の見方があるものを作って、その周りに注連縄を張ってありがたやありがたやと(笑)そういったイメー ジが沸いてきます。
海彦 易経というのは昔から様々な読まれ方をされていて、朱熹を始めとした儒家はもちろん、道家の立場から注釈したのものや、明の時代には、藕益大師智旭による『周易禅解』が著され、禅の教義から易経が解釈されています。また、易の解説書である「十翼」に関しては、孔子が書いたとされています。このように、人の解釈によって、いかようにも読める。
因幡の白兎 実に玄妙なものですよね。
海彦 儒教と対極にある老子の道徳経とさえ矛盾しないですからね。易経は。
因幡の白兎 玄妙深遠。それだからこそ、一般の人たちにはわからない。だけどわかりやすい部分も同時にある。それだからこそ説得力がある。
海彦 内容が本当に正しいかどうか確認してみようとしたとき、肝心のところで、多種多様な解釈を許す。しかも人間の知の及ばないことに関して、いかにも真実と思わせるような記述がたくさん並んでいるわけです。

例えば、易経に説かれているように、世界は陰陽の運動・展開の結果であるとすると、天と地、男と女、光と闇、柔と剛、やはりそうなのかと。われわれの頭にすんなりと入ってくるところがありますね。さらに奥へと進むと、より多様な解釈が許される。まさにその広がりが、自然の事象、現実の事象の広がりとクロスオーバーしてくるわけです。この書こそ、世界の全てをそのまま解き明かしたものではないかと、感じさせる。
因幡の白兎 真理、そのものの書なのではないかと。
海彦 そのような思いを抱かせるでしょうね。それでいて変な決め付けや断定がないですから。それに対して、創唱宗教では、聖書がそうであるように、まず物語があるわけです。
因幡の白兎 基本的にはその様な聖典というのは物語仕立てで、ある意味ではロマンティックですよね。読み手、受け手を喜ばせ楽しませる劇的な要素がそこかしこに散りばめられている。その物語を手がかりにして教義に親しむわけじゃないですか。

その点、易経はカサカサですからね。何も読み手を楽しませようとするエンターテイメント性がない(笑)
海彦 逆にそれが、これは智恵のある聖人が発見したものなのだと思わせる。表現の仕方自体がそのような気配を漂わせています。
因幡の白兎 わかる奴にしかわからない、と。
海彦 書いたのは一人でなくて、色々な人たちが書いたものが積み重なったものなのだろうと、今では言われていますけれど。頭の良い人はいたものなのですね。

そこで「いともこゝろふかげにいひなして、天地の理をきはめつくしたりと思ふよ。」いかにも意味深長にこしらえて、これで天地の理を極め尽くしていると思っているよ、と。「これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ。」。これもまた世の中の人々を手なづけて治めるための計りごとなのだ、と。

宣長はこういった易経には、全く感服させられなかったんですね。若いときには感服したのかもしれないですけれど。彼も儒学を勉強していますから。
因幡の白兎 ここまで易経に対して論駁を加えた人というのは歴史上いないでしょうね(笑)
海彦 仏教者でもいないですね。
因幡の白兎 もう、中国思想の究極点じゃないですか。易経はある意味では。それを、あれは「たばかり事ぞ」と。これはちょっと(笑)

易経のことを知れば知るほど、ここまで論駁しているというのは……。儒学の広まっていた江戸時代、この時代に言葉を発しているというのはちょっと凄いとしか言いようがないですよね。
海彦 この後にいよいよ出てくるわけですよ。その理由が。「たばかり事ぞ」と言えるのはなぜなのかと。宣長は、このような深遠な易経を「たばかり事ぞ」と言えるだけのものを、そもそも掴んでいるのかと。

ここまで言った以上、その部分を出してこざるを得ないですよね。そこでいよいよ、彼が発見した“古(いにしえ)の道”というものを成り立たせている原点とも言うべきものを出してくるわけです。

ところが、その言葉が常識外れというか、日常の次元を遥かに超越しているので、現代人のわれわれには、そのままでは到底理解できないでしょうね。「そもそも天地のことわりはしも、すべて神の御所爲(みしわざ)にして、」なんて言われるとね。うわぁ、天地創造神が出てきたと(笑)

それで、宣長を論じた多くの学者が、こういった部分を示して、狂信だとか盲信だとか言っているわけです。
因幡の白兎 これは次回が非常に楽しみですね(笑)新展開という奴ですね。
海彦 「すべて神の御所爲るにして」と急に言われたら。。。
因幡の白兎 キチガイ沙汰ですね(笑)
海彦 易経の方がまだ論理的だと言われるかもしれないですね(笑)
因幡の白兎 私も易経とか興味を持って読んでいたからわかりますけど、易経は非常に魅力的ですからね。
海彦 そうですよ。物語性とか情念的に訴えかけるものが無くて、要するに「世界は数の展開である」と。まるでピタゴラス学派などにも通じるような部分がありますね。

それでは、今日はここまでにしておきます。いよいよ次回から、宣長がこの世界の成り立ちをどのように捉えているのか、それを直に書いている部分に進みます。あまり長くは説いていないのですけれどね。

その部分は彼が発見した“古(いにしえ)の道”の基本的な成り立ちというか、その有り様が、直截的に表現されいると思います。

そういうことで。
因幡の白兎 ありがとうございました。

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